海洋無酸素イベントにおける酸化還元条件に支配された海洋微生物生態系構造の変動
- Keywords:
- Oceanic anoxic events, Marine microbial ecosystem model, Photic zone euxinia, Green sulfur bacteria, N2-fixing cyanobacteria
顕生代(過去約5億4千万年間)においては,海洋に大規模な貧酸素水塊が発達する海洋無酸素イベント(Oceanic Anoxic Events; OAEs)が繰り返し生じてきた.地質記録からは,OAEs発生時に海洋微生物生態系の構造が大きく変化していたことが示唆されている.たとえば,シアノバクテリアのバイオマーカーは各地から産出するのに対し,絶対嫌気性で酸素非発生型光合成を行う緑色硫黄細菌のバイオマーカーは湧昇域や海山といった限られた海域から産出している.しかし,このような海洋微生物生態系構造の変動メカニズムやその海域間の差異の原因等についてはよくわかっていなかった.そこで本研究では,海洋微生物生態系を陽に考慮した高空間解像度の鉛直一次元海洋物質循環モデルを新規に開発し,リンの河川流入率と海面水温の変化に対する海洋表層の応答について系統的な数値実験を実施した.その結果,リンの河川流入率の増大による富栄養化,そして水温上昇による酸素溶解度の低下および輸出効率の低下が,海洋表層の貧酸素化を招き,海洋微生物生態系の構造を変えることを定量的に明らかにした.無酸素水塊が発達し酸化還元境界が有光層に侵入した“有光層アノキシア(PZA)”が生じると,脱窒が急速に進行して貧窒素環境が形成され,窒素固定性シアノバクテリアの活動が活発化する.さらに貧酸素化が進んで有光層に硫化水素水塊が発生した“有光層ユーキシニア(PZE)”が生じると,緑色硫黄細菌が光合成を開始する.このとき,酸化還元境界以浅では好気的光合成生物と窒素固定性シアノバクテリア,それ以深では緑色硫黄細菌が光合成活動を行うなど,各種微生物が有光層内で鉛直的に棲み分けることが分かった.また,湧昇域は栄養塩の供給率や硫化水素の生成率が高く無酸素・硫化水素水塊が発達しやすく,遠洋域と比べて基礎生産者の構成が大きく変わりやすいことも判明した.本研究は,全球的な気候変動と局所的な湧昇流が海洋表層に及ぼす影響を定量的に明らかにし,OAEs期間中に海洋表層の生物地球化学循環および海洋微生物生態系構造がどのように変動したかを理解するうえで重要な知見を提供する.