日本語要旨

河畔林に埋もれた伝統的治水施設の特定:愛知川の事例

石積堤防や河畔林などに代表される伝統的治水施設(TFCF: Traditional Flood Control Facility)は、住民が生活の資源を得てきた生態系を利用したものであり、洪水時に水害リスクを軽減する役割を果たしてきた。 しかし、上流域のダム建設などによって氾濫原における洪水発生頻度が低下し、都市化とともにTFCFは活用されず破壊されたり、住民の記憶からその役割を忘れ去られたりしている。TFCFの存在を可視化することで、それらに過去の災害対応のモニュメントの役割を与えることができる。そこで本研究は、滋賀県にあるTFCFの一種である石積の水制、猿尾(さるお)の位置や分布を特定するために、ドローンに搭載したレーザスキャナを用いた地形計測、明治期に作製された村絵図の分析、フィールドワーク、地域住民へのインタビュー調査を統合した学際的アプローチを採用し、統合的手法のメリットや応用可能性について明らかにすることを目的とした。まず、0.1 m解像度の高精細地形情報を用いて、猿尾が有する凸型地形をGISで検出した。その後、1874年に作製された明治期の村絵図から、過去に存在した猿尾の位置や分布を確認し、フィールドワークと地域住民へのインタビューから、その物理的な特性と治水機能についての知見を得た。 その結果、洪水、植生の過剰な繁茂、都市開発によって形状が変化した猿尾がある一方で、環境変化にも関わらずそのまま存在しつづけている猿尾もあった。 さらに、住民の記憶と現代の景観との食い違いから、猿尾が削平、埋没された可能性を把握でき、逆に存在していながら忘却された猿尾を見出せることを示した。また、高精細地形計測と村絵図に記載されている猿尾の幅・長さ・高さの変化を比較し、定量的に捉えることにより、さまざまな要因による猿尾の規模の変化を明らかにした。以上の分析により、TFCFを特定するためには、各手法の有効な検討対象や時空間スケールの違いを踏まえ、学際的アプローチを統合する必要性が示された。本研究で用いた学際的アプローチは、防災教育、文化遺産保護など、他分野の研究・教育における応用可能性がある。