日本語要旨

広島市元宇品海岸から採取した熔融粒子の分析。

「黒い雨」の降下域の再評価を目的に、土壌中の放射性137Csの深度分布と、降下物指標物質の深度分布を同時に測定し、近接降下物由来の137Csの特定を目指している。指標物質候補としては、原爆による街区火災起源の微粒炭や、福島原発事故で報告された放射性粒子などが挙げられる。Wannierらは、元宇品海岸の砂の中に、高温で生成された熔融粒子が存在することを報告しており、広島原爆由来である可能性を指摘している。この熔融粒子が原爆に由来することが確認できれば、近距離降下物中の137Csを特定する上で大きく寄与する。

本研究では、熔融粒子が原爆起源か否かを検証するため、球状の熔融粒子を色別に抽出し、ICP-MS、TIMSおよびマイクロPIXE分析を用いて、それぞれ元素濃度、235U/238U同位体比、元素マッピング測定を行った。また、人為的バックグラウンドである可能性が高い花火由来の熔融粒子についても、マイクロPIXE分析を行った。

ICP-MSおよびマイクロPIXEの結果、熔融粒子の元素濃度は土壌のそれと類似していた。TIMS分析の結果、熔融粒子の235U/238U同位体比は、色に関わらず自然存在比と一致していた。これらは、熔融粒子が原爆の熱によって熔融した土壌の粉塵に由来する可能性を示唆しているが、決定的な証拠とはならなかった。

人為的なバックグラウンドである可能性が高い花火由来の熔融粒子を実験的に作成し、PIXE分析を行った。そのうち1種類の花火粒子については、元宇品の粒子と区別がつかないほど類似した元素分布であった。

更に、元宇品の粒子は広島の土壌に由来する可能性があることから、原爆の火球・雲の条件下で、地表付近の原爆衝撃による土壌粉塵(鉱物粒子)が融点に達するかどうかについて、模擬計算を実施した。その結果、温度は最大で約1250 Kまで上昇したが、これはガラス粒子の形成温度(2073~1673 K)よりも低かった。

これらの研究の結果より、熔融粒子が原爆に由来するものであると断定する根拠は得られなかった。仮に元宇品の粒子の一部が原爆によって形成されたものであったとしても、花火由来の熔融粒子が存在するため、それらを放射性降下物の指標物質として用いることは困難であると結論できる。